今回は現代文とい科目について少し書いていこうと思う。現代文の勉強って何をすればいいのか、という内容ではないので、具体的な勉強法は別の記事に譲ることにする。その前に、現代文とは何なのか、ということについて考察していく

現代文と言えば、古文以上に、もしかしたら英語以上に最も受験生を悩ませる科目の一つではないかと思う。

実際、英語や社会と違ってなかなか安定しにくい科目ではあると思う。なまじ、僕たちが日本人であるからこそ、なんとなく読めてなんとなく正解したり全く正解できなかったりで最も得点の揺れ幅が大きい科目ではある。これは古文と同じ現象だ。

中には、勉強していなくても現代文だけはできるヤツ、ってのもみんなの周囲にはいるかもしれない。だから「現代文はセンス」という間違った通念が存在してしまうことになる。

センター試験では評論と小説の2題出題されるが、一般入試も含めて最も重要な「評論」について今回は書いていく

巷でよく言われる「筆者の主張」と「ロジック・論理展開」について考えていく。

まず評論文という文章の性質について

評論文とは文字の通り何かを「評価」したり「論じ」たりするものである。その何か、というのは何でもいい。食べ物でもいいしスポーツでも芸能でもいい。ニュースでも「経済評論家」などの肩書を持った人やスポーツの元選手が「解説」として呼ばれているのを見たことがあるだろう。

受験生にとっての評論文とはその道のプロ(研究者や専門家など)が自分の意見を述べている文章のこと

だから現代文では「筆者の主張」が重要になる。

そして評論文を書く際には「何について述べているか」ということが明確でなくてはならないというルールがある。これについては一般的な教科書を思い浮かべてみて欲しい。あまり本を読まない人もいるだろうが理屈は分かってもらえると思う。「現代文Ⅰ」という教科書には当然のように現代文の内容がかかれているし、「日本史B」という教科書には日本史の内容がかかれている。

次は本を買いに来る人のことを考えてみよう。ネットでも本屋でも本を探す時は非常に多くの本の中から買いたい本を見つけなくてはいけない。学生だと漫画を買う人は多いと思うが、本屋による人の中には「第二次世界大戦中のヨーロッパの文化について書かれている本ないかなあ」とか「○○の病気について勉強したいんだけど何かいい本ないかなあ」など、先に知りたい内容があって、本を探しに来る人もいる。そういう場合、タイトルや最初の前書きや目次の部分で「この本に書かれている内容」を提示しないと読者には手に取ってもらえないわけだ

そういう本の出版社も同様、ボランティアで出版しているわけではない。本を印刷するにもお金がかかるし、売れれば重版で更なる売り上げを見込むために「手に取ってもらいやすい状況」を作り上げる必要がある

そして、「何について書かれているか」が明確ということは「文章を書くプロが書く文章」の最低条件なので、評論文は「何について書かれているか」が必ず分かるようになっている。

これらをふまえると、「何について書かれているか」と「自分の意見を述べている文章」という二つの大前提をもとに、評論文を読む際に最も重要な作業は「主題を見つける」ことと「筆者の主張」を見つけること。

そして出題する側、つまり大学側はこれらが明確だと問題も作りやすい。そして問題が作りやすいということは、最近でいえば大阪大学や京都大学であったような出題ミスも起こりにくい。そして、ちゃんと文章が読めている受験生に合格をあげられるという点でも大学側にはメリットしかない。

現代文が難しい東京大学や早稲田大学になってくると相応のレベルが求められるが、とりあえず評論文の性質について出版社や出題者側の事情を考慮して少し掘り下げて書いてみたが、伝わっているだろうか。

次は評論文の論理性について。

といってもそんなに難しいことは書かない。というのは僕は大人たちが言う現代文の「論理的展開」とか「ロジックを追う」というのは、ロジックを理解できない大人が物凄くたくさんいるのに、高3でそんなに理解できるはずない、という持論を持っているからだ。もし高3で文章の論理展開をしっかり理解できる人がいればとそういう人は多分東大をはじめとする旧帝や早慶の看板学部に行くべきだし、行ける力は備えていると思う。

実際、早慶未満の大学の現代文ではそんなに論理を求められない。そもそも評論文は「筆者が意見を述べる場所」であって、それを大学が多くの受験生に対して出題している時点で論理展開はしっかりしているということなのだから。筆者が意見を述べても根拠がちぐはぐだったらその意見は納得できないものになる。論理展開っていうのは「筋道を立てて、分かるように説明していく」っていうことなんだから、それがなされている以上、論理展開を追っても仕方ない。既に筋道がしっかり立てられてて、分かるように書かれているならば論理展開を追うよりも「文章理解」を重視するべきなのだ。この「文章理解」というものは「筆者の主張」や「言い換え表現」を見抜くために必要な作業でもある。

模擬試験の解答・解説で評論文の解説に「本文解説」という項目がある。これは問の解説なんかよりも数百倍重要なもの。もし本文解説を読んだことがない人がいれば、ぜひとも直近の模試では一読してほしい。

さて、評論文における「論理性」を少しディスってしまったが多少の論理展開のコツは理解しておく必要がある。これは私立大学が大好きな空欄補充問題でよく出てくる傾向がある。それでも、評論文のロジックは大したことないというのは変わらないスタンスだが、気にかけておくべき論理展開は基本的には

  • それ(指示語)
  • しかし、だが(逆接)
  • たしかに、一見(譲歩)
  • 一方(比較)
  • だから、したがって、なぜならば(結論・因果関係)

などから構成される文章程度のものだ。

これらの言葉と、「主題」と「筆者の主張」と合わせて広がっていく評論をいかにして読み解くかというのが現代文

筆者の主張と主題があって初めて、こういう論理展開を補助してくれる言葉が役に立つ。読解力がついてくれば、それこそ筆者の主張側の意見とそうでない意見を理解できるようになるし、それが現代文の最終目標でもある。

「しかし」の後に「筆者の主張」が来やすい、とか「たしかに」の後は「~だが」の後に「筆者の主張」が来るとかは結構有名な話なので現代文の「筆者の主張」を掴む練習はそこから始めるといい。基本的には主題に対して筆者がどういったスタンスをとっているのか、といった方がなじみやすいかもしれない。

中でも逆接(しかし・だが)と結論・因果関係(だから・したがって・なぜならば・~だからだ)は空欄補充問題や文章ぶち込み問題でも頻出なのでそういう問題に出会ったら挑戦してみよう。

ちょっとという量ではなくなってしまったが、まとめると

  • 評論文は主題があって、その次に筆者の主張がある
  • 論理展開がしっかりしているのは当たり前なので文章理解を第一に重視するべき

まだ現代文については書いていないことがたくさんあるが、とりあえず現代文という科目についての概要を書いてみた。論理展開については意図的に説明を省いた部分があるので、それはまた別の機会に補足する予定

いずれは予備校や問題集みたいにもっと具体的にやれればいいと思ってはいるんだけどしばらく後になりそうかな。

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